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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2821号 判決 1971年4月30日

控訴人 橋本忠 外二名

被控訴人 小林栄蔵 外二名

主文

一(一)  控訴人橋本忠、同松崎昭十四の本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は、同控訴人らの負担とする。

二  被控訴人らの控訴人堀孝に対する請求について

(一)  原判決を取り消す。

(二)  右請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示記載のとおりである。

理由

一  株式会社マルゼン(以下訴外会社という)は、昭和四一年七月六日設立されたが、控訴人ら三名および浅野寛はその発起人であり、かつ同会社設立後は、浅野寛はその代表取締役控訴人橋本忠、同松崎昭十四はその取締役、同堀孝はその監査役の各地位にあつたことは、本件当事者間に争いがない。

二  証人浅野寛の証言により成立を認めることのできる甲第一ないし第五号証、被控訴人朴仁湊の供述により成立を認めることのできる甲第七、八号証に同証言および被控訴人ら三名の原審における各本人尋問の結果を総合すると、昭和四二年八月頃、右浅野寛は訴外会社の代表者として原判決別紙第一ないし第三目録記載の各約束手形を稲庭準あてに振出交付しそのうち第一目録記載のそれが被控訴人小林栄蔵の、第二目録記載のそれが被控訴人近藤寅一の、第三目録記載のそれが被控訴人朴仁湊の各所持するところとなつたが、訴外会社は昭和四二年九、一〇月頃倒産したため、各被控訴人らは手形金の支払を訴外会社から受けることができず、手形金と同額の損害を受けたことを認めることができる。

三  証人浅野寛と控訴人ら三名各本人尋問の結果(控訴人堀孝については原審および当審)によると、従前、電気器具販売業をしていた浅野寛は控訴人橋本忠、同松崎昭十四と共同して電気製品修理業を営み、新潟ソニー販売株式会社から仕事を貰つていた控訴人橋本忠、同松崎昭十四とともに、右営業を共同で経営するために、株式会社組織に改めたものが訴外会社であつて、資本金一〇〇万円のうち五万円を控訴人堀孝が、九五万円を浅野寛が出資し、控訴人堀孝が事務手続を引受けて設立したものであつて、当初から設立総会も株主総会も開いたことがなく、また正式な取締役会も開いたことがなかつたこと、会社業務は浅野寛が独断専行し、会計帳簿も決算書類も殆んど作成せず、監査役の監査も受けなかつたこと当初新潟ソニー販売株式会社から安定した修理の注文があつたので会社の業績はまずまずであつたが、昭和四二年夏、浅野寛が、他の取締役に相談することなく、自動車修理部門まで事業を拡張することを計画し、その資金をうるため九〇〇万円に及ぶ融通手形(本件手形はその一部である。)を稲庭準あてに振り出したが、同人にだまされ、一銭の資金も得ることができず、手形金支払義務だけ残存して、同年秋倒産するにいたつたことを認めることができる。

四  右事実関係のもとにおいては、浅野寛は訴外会社の代表取締役として重大な過失により会社に対する忠実義務に違反しよつて第三者たる被控訴人らに対し手形金相当の損害を被らせたものであるから、商法二六六条の三第一項前段により、直接被控訴人らに対し損害賠償の責に任ずべきであるが、他の平取締役である控訴人橋本忠、同松崎昭十四にも同様の責任が存するかどうかの争点について判断する。

取締役は会社のため忠実に其の職務を遂行する義務を負い(商法二五四条の二)、取締役会を構成し、取締役会が会社の業務執行を決定すべきである(同法二六〇条)。しかるに同控訴人らは、代表取締役である浅野寛に会社業務の一切を任せきりにし、その業務執行になんら意を用いないで、ついに浅野寛の任務懈怠を看過するにいたつたこと前記認定のとおりであり、もし同控訴人らにおいて、取締役会の開催を要求し積極的に会社業務の遂行に意を用いたならば、前記浅野寛の手形乱発行為を阻止することができたものと思われるから同控訴人らも商法二六六条の三第一項前段の責任を免れることはできないものというべきである(昭和四四年一一月二六日大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁参照)。

よつて同控訴人らの控訴は理由なく、棄却を免れない。

五  よつて、次に監査役である控訴人堀孝の責任について判断する。同控訴人の原審および当審における供述によると訴外会社の会計事務は、代表取締役である浅野寛および同人の妻が担当していたが、入金伝票、出金伝票等が保存されておらず、売上帳、仕入帳、現金出納帳も不完全であつたため監査ができず、したがつて監査をしなかつた事実を認めることができるが、元来監査役は、会社業務の決定機関ではなく事後において取締役に会計に関する報告を求めたり、会計に関する書類を調査して株主総会にその意見を報告する等の職責を有するにすぎず、代表取締役の手形乱発行為を事前に阻止する立場にはないものであるから、浅野寛の与えた前記損害と同控訴人の任務懈怠との間には因果関係を認めることは困難である。また訴外会社設立行為と被控訴人らの本件損害との間にも因果関係は認められないから、被控訴人らの商法一九三条二項による主張も理由なく、また、法人格否認の法理は会社のした取引行為について個人に責任を負わせるものであるから、損害賠償責任を追求する本件の場合に適切ではない。また同控訴人が共同不法行為者でないことは明らかである。よつて、同控訴人に損害賠償責任を認めた原判決は失当であるから、これを取り消し、被控訴人らの同控訴人に対する請求は棄却すべきものとする。

六  よつて民訴法八九条、九六条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仁分百合人 瀬戸正二 土肥原光圀)

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